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前橋地方裁判所 昭和52年(ワ)377号 判決

原告 群馬県経済農業協同組合連合会

右代表者理事 宮崎貴

右訴訟代理人弁護士 永野謙丸

同 真山泰

同 小谷恒夫

同 保田雄太郎

同 藤巻克平

同 竹田真一郎

被告 大村信用組合承継人 長崎県民信用組合

右代表者代表理事 小村勇

右訴訟代理人弁護士 阿部利雄

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は原告に対し、金三五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の予備的請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

五  この判決は、原告において金一〇〇〇万円の担保を供したときは、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  主位的請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日から完済まで日歩五銭の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  予備的請求の趣旨

(一) 被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 訴訟費用は被告の負担とする。

(三) 仮執行宣言

二  被告

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、農業協同組合法に基づき設立された法人であり、組合員である群馬県下の農業協同組合若しくは農民の生産する農、畜産物等の運搬、加工、貯蔵及び販売等をその業務としている。

2  昭和五一年四月一二日、原告は訴外有限会社弘友物産(以下、弘友物産という。)との間に、原告を売主、弘友物産を買主として、左記約定の牛、豚肉の継続的販売契約を締結した(以下、本件取引契約という。)。

(1) 期間 二年

(2) 代金支払方法

当該月の六日から二〇日までの間に売買が成立し且つその商品の引渡しをなした分については翌月五日までに、当該月二一日から翌月五日までの間に売買が成立し且つその商品の引渡しをなした分については翌月二〇日までに支払う。

(3) 遅延損害金

代金支払期限の翌月から年一二・七七五パーセントの割合で支払う。

3  原告は、本件取引契約に基づき、弘友物産に対し、同年四月一五日から同年一〇月八日までの間、別紙取引明細書記載のとおり、牛、豚肉合計二億四五五九万四〇四九円を売渡し、各売買契約成立と同時に商品を引渡した。

一方、弘友物産は原告に対し、本件取引契約に基づく売買代金のうち一億四六〇〇万円を同年九月三〇日までの間に支払ったので、弘友物産の原告に対する未払売買代金債務は九九五九万四〇四九円となった。

(主位的請求原因)

4(一)  これより先、昭和五一年六月九日合併前被告大村信用組合(代表者時誠、以下、大村信用組合という。)は、原告に対し、弘友物産が本件取引契約に基づき、将来原告に対して負担する売買代金債務につき、昭和五二年四月三〇日現在存在する右債務のうち五〇〇〇万円を重畳的に引受けることを約した(以下、本件債務引受契約という。)。

(二)(1) 大村信用組合は、昭和五二年八月九日、原告に対し、本件債務引受契約に基づく引受債務が金五〇〇〇万円あることを認め、これを左記のとおり支払うことを約した(以下、本件弁済契約という。)。

(イ) 大村信用組合は、昭和五二年九月から一二ヶ月間は毎月一〇〇万円を、同五三年九月から二三ヶ月間は毎月一五〇万円を、同五五年八月は三五〇万円を、それぞれ毎月末日限り原告に持参して支払う。

(ロ) 大村信用組合が右割賦弁済を一回でも怠ったときは、期限の利益を失い、原告に対し残金全額を直ちに支払う。

(ハ) 大村信用組合は、期限の利益を失った日の翌日から元金一〇〇円につき日歩五銭の割合による損害金を支払う。

(2) 大村信用組合は、初回の昭和五二年九月三〇日から右割賦金の支払を怠った。

5  仮に右4(一)の本件債務引受契約が認められないとしても、本件弁済契約は、本件債務引受契約に基づく引受債務の弁済期到来後、原告の再三にわたる履行請求を大村信用組合が拒絶していたため、原告が問題解決のため経理部長羽鳥らを大村市に派遣し、大村信用組合との間で話合いを遂げた結果、締結されたものであるから、右は民法六九五条の和解契約に当る。

(予備的請求原因(一))

6  仮に4、5の主張が認められないとしても、

大村信用組合代表者代表理事時誠(以下、時という。)は、昭和五一年六月上旬頃、原告に対し、本件債務引受契約は行政庁の手前表沙汰にできない性質のものであるので、万一の事態が生じた場合に備え、大村信用組合としては、本件債務引受行為とは別に、四人の者から不動産や預金を担保にとって、弘友物産に対し五〇〇〇万円の資金を貸付ける貸付手続を完了しているから、本件債務引受契約による支払義務が現実化したときは、大村信用組合が留保している弘友物産に対する右貸付金五〇〇〇万円をもって支払う旨約した。

しかるに前記4(二)(1)(2)の割賦弁済期日の徒過により、大村信用組合は期限の利益を失ったから、同組合は右支払約束に基づく金五〇〇〇万円とこれに対する昭和五二年一〇月一日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負担した。

(予備的請求原因(二))

(不法行為)

7  仮に4、5、6の主張が認められないとしても、

(一) 時に、弘友物産から本件取引契約上の売買代金債務の担保として五〇〇〇万円の根保証を依頼された際、債務引受が被告の定款に定める事業の範囲外であって本件債務引受契約が有効に成立し得ないことを承知しており、従って真実は債務引受の意思がないのに、表面上はこれあるかの如く装い、原告を欺罔する意図のもとに、債務引受契約証書の引受人欄に同組合の記名捺印をし、これを弘友物産を介して原告に提出して債務引受の申込みをし、原告をして本件債務引受契約を締結せしめ、本件取引契約について右債務引受による担保措置が講じられたものと誤信させ本件取引契約を継続させて取引額を拡大させた。そして、弘友物産が昭和五一年一〇月九日倒産したため回収不能となった原告の同社に対する売掛債権九九五九万四〇四九円のうち五〇〇〇万円相当額の損害を原告に被らしめた。

(二) 右(一)の時による本件債務引受は、一つの与信行為であり、同組合定款七条の資金の貸付の職務行為そのものに当らないとしても、なお中小企業等協同組合法(以下、単に中協法という。)九条の八所定の資金の貸付に附帯する事業の範囲内に属するものであって、大村信用組合の目的たる金融事業のために行われたものと認められるべきであるから、大村信用組合は原告に対し、民法四四条一項に基づく損害賠償責任がある。

8  仮に7の主張が認められないとしても、

(一) 時は、昭和五一年六月上旬頃、原告担当者贄田から電話で問合せを受けた際、その真意でないのに前記6のとおり原告に申し向けて原告を欺罔し、原告をして弘友物産の売買代金債務五〇〇〇万円が確実に支払われる旨誤信させて、本件取引契約上の取引額を拡大させ、その結果前記3の売買代金債権が回収不能となったから、右五〇〇〇万円は時の右行為によって生じた損害である。

(二) 右時の行為は、外形上代表理事の職務行為に該当するから、大村信用組合は、民法四四条一項に基づく損害賠償責任がある。

9  大村信用組合は、昭和五六年八月六日被告(旧名称、佐世保信用組合)に吸収合併され、被告がその権利義務を承継した。

10  よって、原告は被告に対し、主位的に本件債務引受契約もしくは昭和五二年八月九日付和解契約に基づき、金五〇〇〇万円(その内訳は別紙取引明細書備考欄記載のとおり)とこれに対する弁済期の翌日たる昭和五二年一〇月一日から支払ずみまで約定利率日歩五銭の割合による遅延損害金の支払を、予備的に昭和五一年六月上旬頃の支払約束に基づく金五〇〇〇万円もしくは前記7項又は8項記載の損害賠償金五〇〇〇万円とこれに対する支払約束期限後もしくは損害発生後である昭和五二年一〇月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、取引対象品目に牛肉が含まれていたことは否認し、その余は認める。

3  同3のうち、弘友物産が原告に対し、本件取引契約上の売買代金一億四六〇〇万円を支払ったことは認め、その余は不知。

4  同4(一)、(二)の事実は認める。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実は否認する。

大村信用組合は弘友物産に対し、五〇〇〇万円を貸付けたこともないし、同社から借入れ申し込みを受けたこともない。

7  同7(一)のうち大村信用組合代表理事時が、弘友物産から依頼されて、債務引受契約書に記名押印したこと、弘友物産が昭和五一年一〇月九日倒産したことは認め、その余は否認する。

原告は、後記三2記載のとおり本件債務引受契約が法律上無効であることを承知していながら弘友物産に対する担保超過の取引をとりつくろうため便法として本件債務引受契約書を差入れさせたものであり、時の欺罔行為を前提とする不法行為の主張は理由がない。かえって原告は、法律上無効であることを承知のうえ便法として本件債務引受契約書を差入れさせたにもかかわらず、これに先立って弘友物産から担保として預っていた保証金一〇〇〇万円を昭和五一年六月一日入金に振り替えて取りくずし、さらに同月一一日には同じく担保として預っていた額面二五〇〇万円の定期預金証書を返還するなど自ら担保を減少させ、また本件取引契約の当初の取扱品目である「豚肉」を本件債務引受契約締結後大村信用組合に何らの通知もなく「牛、豚肉」に変更し豚より著しく高価な牛を販売した上、本件取引契約に決められた毎月の代金決済手続を怠り、担保措置を講じることなく取引額を拡大したものであるから、弘友物産に対する売買代金回収不能による損害は原告の自招行為である。

同七(二)は争う。

8  同8(一)のうち、原告主張日時に贄田が時に電話で問合せしたことは認めるが、その余は否認する。

同8(二)は争う。

9  同9の事実は認める。

三  抗弁

(本件債務引受契約について)

1 権利能力・行為能力の欠缺による無効

大村信用組合は、中協法に基づいて設立された信用組合であるから、その権利能力及び行為能力は、同法九条の八の制限内で組合の定款所定の事業の範囲によって定まると解すべきところ、大村信用組合の定款に定める事業の範囲内には債務引受行為は含まれていないから、債務引受行為について大村信用組合は権利能力・行為能力を有しないし、また片務的な債務引受行為は組合員の相互扶助を目的とする信用組合の経営を危機におとしいれることになるので法もこれを制限していると解されるから、債務引受行為は明らかに信用組合の目的に反し無効であり、また本件債務引受契約は大村信用組合の非組合員である弘友物産の債務に対するものであるから、同組合の目的事業の範囲外である。

従って本件債務引受契約は、大村信用組合の目的事業の範囲外の行為であるから権利能力及び行為能力を欠く無効なものである。

2 心裡留保(民法九三条但書)による無効

債権者原告、債務者弘友物産、引受人被告の三当事者間における本件債務引受契約に際し、時は、債務引受行為は同組合の目的事業の範囲外であって無効である旨弘友物産の専務荒木宏彦及び原告担当者に説明して、その了解を得たうえ、弘友物産が別の担保を差し入れるまでの一時的形式的な措置として真実は債務引受の意思なくして本件債務引受契約の意思を表示したものであり、原告(担当者)及び弘友物産は時の右真意を知っていたものであるから、本件債務引受契約は民法九三条但書により無効である。

3 本件弁済契約の無効

本件弁済契約は、本件債務引受契約が有効であって、大村信用組合に引受債務の支払義務あることを前提としてその支払方法に関してなされたものにすぎないから、本件債務引受契約が無効であれば、本件弁済契約も無効である。

(和解契約について)

4 本件弁済契約が和解契約に該当するとしても、

右和解契約に際し、原告の贄田財務課長ら担当者は、時に対し、既に弘友物産の専務荒木が逃亡し、その経営していた子持食品が倒産していたにもかかわらず、「子持食品は非常に順調にいっている。事務所も広い場所に移転計画している。同社の利益からの弘友物産の債務弁済も分割払いだからうまくいくので心配ない。」旨虚偽の事実を申し向け、あたかも本件弁済契約の分割金を荒木が子持食品の利益金から支払っていけるものと時を誤信させて、本件弁済契約(和解契約)を締結せしめたものである。

従って、右和解契約は要素に錯誤がある(動機の錯誤とみても表示されている。)から無効である。

5 また右4の和解契約は原告担当者が時を欺罔し、その旨誤信させて契約を締結させたものであるから、詐欺による意思表示として被告は、本訴第八回口頭弁論において取消の意思表示をする。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、大村信用組合が中協法に基づいて設立された信用組合であることは認め、その余は争う。本件債務引受行為は定款七条の資金の貸付の事業そのものに当らないとしても、なお中協法九条の八の資金の貸付に附帯する事業の範囲に属するものである。また弘友物産は大村信用組合の組合員であり、また同社の取締役である田辺弘三、松元慶治及び従業員の荒木宏彦らもまた同組合の組合員であった。

2  同2の事実は否認する。時が原告担当者に定款上債務引受契約ができないので表沙汰にされては困る旨申し向けたことはあったが、無効であるとは発言していない。その余の主張は争う。

3  同4、同5の事実は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(原告の業務の範囲)、同2(本件取引契約の成立)のうち取引対象品目に牛肉を含む点を除いた事実、同4の事実(本件債務引受契約及び本件弁済契約の成立)は、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に《証拠省略》によれば次の事実が認められる。

1  長崎市に本店を有する弘友物産の代表取締役田辺弘三及びその兄の田辺達也、同社の従業員荒木宏彦(以下、荒木という。なお同人は弘友物産の経理担当専務取締役と称していた。)は、群馬県在住の広崎文一の仲介で、昭和五一年三月八日、群馬県内の農業協同組合及び農民の生産する畜産物等の販売等を業務とする原告を訪れ、豚肉の継続的購入方を申し入れ、その際購入代金の担保として持参した現金一〇〇〇万円を原告に預け、原告担当者との間に弘友物産が原告から豚肉を継続的に買い受ける旨一応の合意をみた。しかし、原告担当者が、取引額に見合う担保を要求したため、荒木らは、長崎県に一旦帰り、長崎信用金庫の定期預金証書二通(額面合計二五〇〇万円)を用意して、同年四月一二日頃再び原告事務所に赴き、先に原告に預けた現金一〇〇〇万円及び右定期預金証書を購入代金の担保として、原告との間に、豚肉を買受ける旨の本件取引契約を締結した。そして同月一五日から原告は弘友物産に豚肉の販売を開始したが、同年五月頃、売買代金未払額が右担保額を超過するようになったため、原告は一旦、弘友物産への豚肉の売却、引渡しを中止して、担保の増額を要求した。

2  そのため、荒木はその頃大村信用組合にかねてから懇意にしていた時を訪ねて、豚肉を取引品目とする本件取引契約書等右四月一二日の契約締結時の資料を示し、弘友物産と原告との取引を説明すると共に、右取引を継続拡大するために弘友物産の代金債務を担保する大村信用組合の支払保証書を発行してくれるよう依頼した。時は、大村信用組合の定款に保証の定めがないから出来ないと、右依頼を断ったが、荒木から「弘友物産が群馬県内の金融機関と取引して、その支払保証書と取替えるまでの一時的な便法だから是非発行して欲しい」旨執拗に懇請されるに及び、従前自己が親和銀行に勤務していた当時、上司だった荒木の父に恩誼を受けたこともあって断り切れず、ついに同年五月下旬頃保証と同趣旨で、弘友物産の本件取引契約(当時の取引品目は豚肉)上の売買代金債務を担保する目的で、荒木の用意した商品販売代金を引受ける旨の記載がある本件債務引受契約の契約証書(甲第二号証の押印前のもの)の債務引受人欄に大村信用組合代表者代表理事として同組合の記名捺印をした(なお、荒木は時から定款に保証の記載がないと言われていたので、保証の語を使うことを避けて、同じ目的を達成する書面として債務引受契約証書を作成したものである。)。

3  そこで、荒木、田辺弘三らは、同月二八日頃、右契約書を持参して原告事務所を訪れ、原告の真下畜産部長に右契約書を交付して、大村信用組合の債務引受契約を本件取引契約上の売買代金債務の担保としたい旨申し入れた。同席した原告の財務課長贄田肇(以下、贄田という。)は、従来、他の信用組合発行の支払保証書は徴求した経験があったものの、債務引受証書を受入れた例はなかったため、信用組合がかかるものを発行することには何らかの問題があるのではないかと慮り、かつは発行の真正を確認する必要からも、直ちに大村信用組合に架電したが、時が出張中で不在であったため、電話に出た同組合の常務理事一瀬正路に信用組合は債務引受が出来るかと問うたところ、同人は出来ない旨を返答した(ただし、右電話の際贄田は自己の名を名乗らず、一瀬も同様であったので、互に相手の身分を知ることはなかった。)。

4  贄田は一週間ほどした同年六月上旬頃、再度大村信用組合に電話し、応待に出た時に対し、債務引受をして問題はないかと問うたところ、時は債務引受は定款に乗っていないので表沙汰になっては困ると答えつつ、付け加えて、「そこで内部では弘友物産に対する貸付という形をとりたい、そして貸付のために既に四人の者から担保をとって、手続は一切完了しているので、今すぐでも金を渡そうと思えば渡せる状態にある、しかし今すぐ渡すと金利の負担がかかるので、原告に支払わなければならないときまで渡さないだけである」旨虚偽の事実を述べた。贄田は債務引受は貸付の一種であると思っていたし、このときまでに群馬県下の信用組合に問い合わせて債務引受は信用組合の業務範囲に入るという回答を得ていたこともあり、定款に記載がなくても無効ではないと判断していたことと、貸付手続がとってあるという時の言葉を金融機関の代表者の発言として信用したため、安心して荒木らの持参した債務引受契約証書を受入れることとした。かくして原告は、同月九日右契約書に原告代表者の記名印及び代表者印を押印して、ここに本件債務引受契約が締結された。

5  こうして原告と弘友物産との間で食肉の売買取引が再開されたが、その後、原告は弘友物産との間に本件取引契約の取扱品目に牛肉を加える旨合意し、以後同年一〇月八日まで弘友物産に対し牛肉豚肉併せて、別紙取引明細書記載のとおり合計二億四五五九万四〇四九円相当の品を売却して即日引渡した。この間、原告担当者は田辺弘三らの申し入れにより同年六月一一日それまで担保としていた前記定期預金証書二通を弘友物産に返却し、また同年七月一二日、同じく担保として預っていた現金一〇〇〇万円を売買代金の一部に充当した。そして弘友物産は同年一〇月八日までに原告に対し本件取引契約上の売買代金のうち一億四六〇〇万円を支払ったが同月九日倒産した(これらの点は当事者間に争いがない。)ため、結局昭和五二年四月三〇日当時の弘友物産の本件取引契約上の債務(牛・豚肉代金残債務)は九九五九万四〇四九円となった。

6(一)  弘友物産の倒産後である昭和五二年一月一三日、原告の田中経理部長、真下畜産部長、関口同課長と贄田の四人が大村信用組合を訪れ、同年四月三〇日の期限が来た時の債務の弁済についての対応を質したところ、時は「荒木から是が非でも頼むといわれて判を押してしまった。荒木に騙された」と苦衷を打明けたが、特段本件債務引受契約の効力を否定するようなことはなかった。

(三)  原告は同月二八日頃時の来橋を求めて役員も加わって支払について相談した上、本件債務引受契約の債務額が確定した後の同年五月一六日再度時を原告事務所に招き支払方法につき交渉した。その折、時は七年年賦で支払うという案を提示したが原告の入れるところとならず、折衝の結果三年間の均等月賦弁済とすることで合意が成り、時はこの案について大村信用組合の理事会の承認を受けることを約して、その旨の念書を作成し原告に差入れた。なおその際、荒木も加わって、大村信用組合が支払うべき債務を、荒木が新たに経営することになったこんにゃく製造会社子持食品の営業利益の中から毎月捻出可能とするべく、その経営資金調達に時が助力することになった。

(三)  時は、同年六月三日一〇〇〇万円、同月一六日三〇〇万円を、いずれも自己所有の不動産を担保にして大村信用組合から借入れ、これを子持食品の運営資金として荒木に融資する一方、同月八日頃前記弁済計画について大村信用組合の理事会の承認決議を得られる見通しがないことを告げ、弱小組合である大村信用組合の窮状を訴え期限の猶予を乞う趣旨の書簡を原告に送った。

(四)  同年八月九日、原告の羽鳥経理部長、今泉管理課長、関口畜産課長及び贄田が大村信用組合を訪れ、時と一瀬常務に会い、荒木と相談して定めた月月の返済額を記載した本件弁済契約の契約書(甲第一号証の押印前のもの)を提示して調印を求め、かつ、子持食品が順調に営業している旨を時に話したところ、時は右契約書に大村信用組合の記名捺印をし、ここにおいて、原告と大村信用組合間に本件弁済契約が成立した。右契約書には、大村信用組合が弘友物産の牛豚肉・肉牛の継続的取引によって生じた買掛金残金のうち五〇〇〇万円について重畳的債務引受した債務を認める旨の記載がある。しかるに、同年一一月頃になって時は本件債務引受契約が無効である旨主張し始めた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

三  次に抗弁1について判断する。

大村信用組合が中協法に基づいて設立された信用組合であることは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、大村信用組合の定款にはその目的事業として、同法九条の八第一項一ないし三号、第二項六ないし八号、一〇号(八号掲記の者に対する。)の外金融機関の業務の代理及びその場合の貸付によって生じる債務の保証が掲げられているが、その他一般的な債務の保証、債務の引受及び同条一項四号に該当する資金貸付等に附帯する事業を行う旨の規定は存在しないことが認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、中協法に基づき組合員のために金融業務を営む信用組合が、その組合員のためにする民事保証ないし債務引受は、その事業に附帯する業務(同条一項四号)として、同法の定める事業の範囲内に属するものと解される(最判昭四五年七月二日民集二四巻七三一頁、最判昭四五年四月二一日民集二四巻二八三頁、大阪高判昭四六年五月三一日金融法務事情六二〇号五八頁参照)。しかしながら、各個の協同組合は、法令の規定に従い定款に因って定められた目的の範囲内において権利義務を有するものであるから、定款に右附帯業務の定めがない場合には、当該協同組合は組合員のためにも民事保証ないし債務引受をする能力を有しないものと解すべきである。そして大村信用組合の定款には右附帯業務の定めがないのであるから、同組合のなした本件債務引受契約は無効であるといわなければならない。

のみならず、《証拠省略》によれば、大村信用組合の組合地区は長崎県大村市であるところ、弘友物産は、長崎市を本店所在地とし大村市には支店を有しておらず、大村信用組合の組合員ではないことが認められる。弘友物産社歴書には、弘友物産の取引銀行として大村信用組合が掲記されているが、中協法八条四項及び前掲各証拠に照らすと右記載は前認定を左右するものではない。してみると、本件債務引受契約は非組合員の債務を保証する趣旨でなされたものであって、この点においても、大村信用組合の目的の範囲外の行為であって無効といわざるをえない。

四  次に請求原因5の和解契約の成立について判断する。

本件弁済契約の成立は当事者間に争いがないので、右契約が和解契約として締結されたかを判断する。

昭和五一年一〇月八日までの、本件取引契約に基づく弘友物産に対する売買代金未払金合計が九九五九万四〇四九円であったこと、及び同月九日弘友物産が倒産したことは前記二5認定のとおりであり、本件弁済契約が締結されるに至った事情は前記二6(一)(二)(三)(四)に、また同五二年一一月頃になって時が本件債務引受契約が無効である旨主張し始めたことは前記二6(四)にそれぞれ認定したとおりである。

そして右認定の本件弁済契約締結に至る経緯及びその契約の内容に鑑みれば、原告は時から本件債務引受契約証書(甲第二号証)が時の独断により大村信用組合内部の適式な手続を経ずに発行されたものである事実を打明けられ、同人の窮状を訴えられた結果分割弁済の方法で穏便に債権の回収を図ろうとしたこと、時は右証書が表沙汰となって責任を追求され、ひいては組合に累が及ぶ結果となることを恐れ、かつは子持食品からの回収を期待したこともあって、原告の提案に応じて本件債務弁済契約書(甲第一号証)に調印したことを推認し得る。従って、原告と時の間では、本件債務引受契約に基づく大村信用組合の債務の存在について何ら争いがなかったと言うべきである。即ち、本件弁済契約は、本件債務引受契約上の債務の支払方法についての合意と認めるのが相当であり、右債務の効力の有無について互譲してなされた和解契約として、これのみ独立して一の請求原因たりうるものとは認め難い。

五  次に、請求原因6の合意について判断する。

時が、昭和五一年六月上旬頃、贄田の電話による問い合せに対し、請求原因6において原告の主張する如き発言をなしたことは前記二4に認定したとおりである。

しかしながら、時の右発言内容自体、直接原告に対する支払を約束したものとは解しえないのみならず、《証拠省略》によれば、右発言は原告が本件債務引受契約を信頼して取引に入っても問題ないことの根拠、理由としてなされたにすぎないものと認められるのであって、これが本件債務引受契約に基づく大村信用組合の債務とは別個独立した債務発生原因になりうるとは到底解し難いものといわざるをえない。従って原告の右主張も理由がない。

六  そこで請求原因7の不法行為の主張について判断する。

1  時(同人が大村信用組合代表理事であることは争いがない。)が、大村信用組合代表者として原告との間に、弘友物産が本件取引契約上負うべき売買代金債務について本件債務引受契約を締結したこと、原告が弘友物産との取引を昭和五一年一〇月八日まで継続し、その結果本件債務引受契約の債務が確定した同五二年四月三〇日当時の原告の弘友物産に対する未払売買代金債権が九九五九万四〇四九円となったことは前記二1ないし5に認定したとおりである。そして右契約の事実によれば、時は、大村信用組合の定款上債務引受契約を締結することができず、従ってこれを結んでも効力が生じないと思料しつつ、原告と本件債務引受契約を締結し、その際贄田に対し別途五〇〇〇万円の貸付手続がなされていると虚構をかまえて、結論的には本件債務引受により大村信用組合から五〇〇〇万円を限度とする支払が受けられるものと誤信させ、その旨信じた原告が本件取引契約を継続して弘友物産に肉類の販売を続けたものと認められる。そして弘友物産が昭和五一年一〇月九日倒産したことは前記のとおりであるから、原告が同社から未払売買代金を回収することは不可能であると認められる。

以上の事実によれば、時は本件債務引受契約が無効であること、従って、これが有効であることを前提として弘友物産との取引を継続する原告が将来損害を被る虞れがあることを認識しながら原告と本件債務引受契約を締結したのであって、本件債務引受契約は結局無効であったのだから、右行為により故意少なくとも過失により原告に損害を与えたということができるから、時の右行為は不法行為を構成するといわざるを得ない。

2  一方、本件債務引受契約が大村信用組合の目的の範囲外の行為で無効であることは前示三のとおりであるけれども法人の理事が他人に損害を加えた場合、法人がその賠償の責を負うべき要件として民法四四条一項に規定する「その職務を行うにつき」とは、理事の行為が必ずしも法人の目的の範囲内のものであることを要せず、その範囲外の行為であっても、行為の外形上法人の目的の範囲内の行為と認めうるものであれば足りると解されるところ、大村信用組合は金融事業を目的としながら、その附帯業務を定款に掲げなかった為に債務引受ないし保証ができないのであるが、一般にはそのような事情は知られていないから、むしろ金融事業を営む信用組合として保証なり債務引受ができると考えるのが通例であろうと判断される。従って大村信用組合の理事が債務引受をした場合には、右行為は外形上大村信用組合の理事の職務行為にあたると解するのが相当であるから、時によりなされた本件債務引受契約の締結は同法四四条一項にいう職務を行うにつきなされた行為というべきである。従って大村信用組合は本件債務引受契約を有効と信じて継続したことによって、原告が被った損害につき民法四四条一項の責任を負うといわねばならない。

3  そこで損害の範囲について考えるに、上述したところによれば原告に生じた損害は五〇〇〇万円であると一先ず言うべきであるが、被告は原告が本件債務引受契約の無効につき悪意であったこと、担保の振り替え、返還により担保を減少させたこと、本件取引契約の取扱品目を勝手に変更したり代金決済手続を怠ったことをあげて、不法行為の成否及び損害額を争うので以下順次判断する。

(一)  理事の取引行為が、その外形から見て法人の事業の範囲内に属すると認められる場合であっても、それが理事の職務権限内において適法に行われたものでなく、かつその相手方が右の事情を知りまたは重大な過失によりこれを知らないものであるときは、その相手方である被害者は、民法四四条一項により法人に対してその取引行為による損害の賠償を求めることができないと解される(最判昭和四二年一一月二日民集二一巻二二七八頁参照)。しかし、本件において、原告が本件債務引受契約が無効であることを知らなかったのは前認定(二4)のとおりであり、これを知らなかったことについての原告の過失は、結局、大村信用組合の定款に附随業務に関する規定のないこと(更には弘友物産が大村信用組合の組合員でないこと)を確認しなかったことに帰するが、この注意義務を尽すことは高度の法律知識を前提にしてはじめて可能であるというべく、原告に重過失があったというのは相当でないと判断される。

(二)(1)  原告に重大な過失がなかったことは前記のとおりとしても、前記二3・4に認定の本件債務引受契約締結の経緯に鑑みれば、自らも協同組合であり、かつ金融機関と取引する機会の多い原告としては、本件債務引受契約の無効を知らなかったことにつき、軽過失のそしりを受けることは避けられないというべきである。

(2) 原告が折角受け入れた担保定期預金証書二通を弘友物産に返却したこと(二5)及び原告が毎月の売掛代金決済を励行せずに出荷を続けていたずらに売掛金を増大させたこと(《証拠省略》によって認める。)は、いずれも損害を増大させた原告の過失というべきである。

(3) 原告が担保として受領した現金一〇〇〇万円を売掛金の一部に充当した措置は、原告と弘友物産との間の基本売買契約書第七条に、弘友物産が代金支払の遅延等本契約の違背により原告に損害を与えた場合には、原告は保証物件をもって債務の弁済に充当することができる旨の規定があることに鑑み非難されるいわれはない。

また、取扱品目に途中から牛を加えた点については、甲第二号証(本件債務引受契約証書)では引受の対象となる債務を「商品売掛代金債務」と記載して豚肉と特定していないこと、取引終了後につくられた甲第一号証(本件債務弁済契約書)では「牛豚肉、肉牛の継続的取引によって生じた買掛金」という記載があるが、これにつき時が異議を述べた形跡がないこと(二6(四))、甲第二号証作成当時、時が取扱品目に特に関心を示したことを認めうる証拠がなく、引受の対象となる債務が約一年先の昭和五二年四月三〇日現在の買掛金となっていることを総合考察すると、将来販売品目に変更が加えられることを時において予見できたというべく、原告が牛肉、肉牛を販売したことをもって、過失となすは当を得ないと思料される。

(4) 以上を要するに、本件の損害額五〇〇〇万円の三割は原告の過失により増大せしめられた損害として過失相殺されるべきである。

七  次に請求原因8の不法行為の主張について判断するに、昭和五一年六月上旬頃の時の贄田に対する発言の内容並びに右発言が原告が本件債務引受契約を締結する重要な縁由になっていると認められることは前記二4に認定のとおりであるけれども、右発言内容自体、本件債務引受契約の締結と切り離して別個独立に評価すべきでないことも先に検討したとおりであり、このことは民法四四条一項の大村信用組合の責任を論ずるにあたっても同様と思料する。従ってここでは右時の発言も六において総合的に検討評価し、これのみ独立して取り上げ、その責任追求を求める原告の請求原因8の主張は採用しない。

八  大村信用組合が、昭和五六年八月六日、被告(当時の名称佐世保信用組合)に吸収合併され、被告がその権利義務を承継したことは、当事者間に争いがない。

九  よって、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴主位的請求は理由がなく、予備的請求は、不法行為に基づく損害賠償金三五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月一日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 清水悠爾 裁判官 前島勝三 藤村眞知子)

〈以下省略〉

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